Reneejms daily memo

気ままに書き留める

0707

今の職場で働き始めて1年ちょっとが過ぎた。

いい人もたくさんいるけど、直属の上司との関係が難しい。

前々から気になってはいたけど、先輩の考え方にも疑問を感じる部分が最近は目についてしまう。。。

愚痴はまた今度。

 

今年の上半期で状況が変わった。

今までどうでも良いと思っていたけど、ついに結婚して、ずっと使っていた苗字が変わった。

仕事上は何も変わっていないけど、正式な者に書いてある名前もまだ自分の名前っぽくない。

 

まだ結婚した実感もあまりないのに、早速次のステップに進んでいそうな感じになった。

まだ病院で確認していないから確実ではないけど、今週中に調べに行く。

今まで、何かあるとどんなことも期待し過ぎないように、悪い方に物事を考えたりしている。

良い方向に考えて違った時の落胆の辛さにどうにも耐え難い。。だから、今回も、安定期に入るまでだったり、検査があるたびに期待しないように過ごすと思うと、残り9ヶ月がとてつもなく長く感じる。

今週の病院で事実を確認する。

その次は、染色体の検査。。まず乗り越えなければいけないのがこの2つ。

 

だからなのか、まだゆっくり喜んだり出来ていない。

良くも悪くも、感情の処理方法がうまく出来ない。

自分なりに対処はしているつもりだけど、こう言う時にどうにも気持ちが迷子になっているんだと思う。。

 

考えが迷子になってきたから、今日はこのくらいで。。。

 

 

0110

父がいなくなってから6回目の1/10でした。

一昨年は前の仕事を始める直前で、去年は完全に無職だったから、2年ぶりに職についている。

6年目となると、本来なら7回忌をだけど、母親と距離と置いている状況だから何もせず。その代わりというわけではないけど、今年は父がよく飲んでいたお酒を飲んでみました。

 

この日は毎年なんとなく気持ちが落ち込むけど、今年は仕事をしているせいか穏やかな気持ちで迎えられた気がする。

それでも、ふとした時に会って話を聞いて欲しいという気持ちが出てくる。

 

色々考えることはあるけれど、とりあえず残してく。 

罪悪感もあるけど、頼りに感じる存在

家を出てから2回目のクリスマス。

今年は仕事をしていなかったので、家でのんびり。

 

イベントがあると、実家の習慣とかを追いかけたくもなってしまって複雑になる。

 

彼と同棲と言う名の、居候の生活には慣れず。。。

なんとか苦戦していた転職活動も終わって、来月から新しい仕事を始める。

それまでは、個人的な問題で短期のバイトをしている。

それでもやっぱり自分で経済的に自立ができる状況にないと精神的にも不安定になってしまう。

私は甘えるのが下手というより、罪悪感を感じてしまって苦手だ。。

それの部分が功を奏して収入を上げてきた部分もある。

それでも、今の彼にはかなり頼っている。

後から、複雑な気持ちにはなるけど、実家がない私にとっては、とても有難い存在だ。

 

最近の近況みたいなメモ。

 

良いクリスマスを。

自分のこと、家族のこと

日記とか苦手で更新もままならず。。。

一念発起して更新頻度を上げていければと思っています。

 

ずっと残そうと思いながら、放置してしまったサイコパス毒母親から解放されて、

約1年前から今の生活になったことを書いてみます。

今日は、両親のことと家を出るまでの概要的なことから書こうと思います。

 

もし、読んでいる人がいるのなら、きっと毒親に悩んだり苦しんでいる人ではないかと思います。

平凡ですが、自分次第で生活は変えられますよ◎

大変だけど、そのためには勇気と行動力が必要と痛感しています。

私の場合は、兄・幼馴染・恩師・パートナーに恵まれたことが大きかったけど、

やっぱり行動を起こすのは自分の意志だと思います。

 

私は、都内で生まれ育った30代半ばのOLです。

少々複雑な環境で育った両親の元でぬくぬくと暮らしていました。

そんな生活から、今の一人での生活になったのは、冒頭でも触れているサイコパス毒母親から解放されるため。

実家は、両親と姉兄の5人家族でした。

気が向いたら姉兄の事を書くかもしれませんが、まずは毒母親とのことを書きます。

 

私と両親のことから。

会社員の父と、専業主婦の母親に育てられました。

父とは性格やテンポがとかテンションが一緒なので、

世間的には仲良しな父と娘だったと思っています。

何より父は勉強家で仕事で必要になった知識は大学で学位を取り直したり、

公開講座とか講演会のために時間を作る人でした。

自分勝手という見方もあるかもしれないけど、そんな父を私は誰よりも何よりも尊敬していました。

何より尊敬していたのは、感情的にならずじっくり話も聞いてくれたこと。

全て過去形なのは、コロナが流行る少し前の2020年1月に他界しました。

その日の朝、いつも通り会社に行く私を、いつも通り「いってらっしゃい」って見送ってくれたのが最後で急死でした。

比較的に残業が多い私は、一人だけ遅くに食べる晩御飯の時に父が付き合ってくれたから、その時間に悩み事とか愚痴とかを聞いてもらうのが日課でした。

だいぶ落ち着いたけど、3年半が経った今でも、ふとした時に寂しくて涙が出てくる。

 

母親が毒親でも実家にいたのは、父がいたから。

理不尽なことがあっても、父が話を聞いてくれたから、解決策が生まれた。

きっと、母親を放置していたと思われるかもしれないが、

家族が不自由なく一生懸命働いて、多少は我慢することはあっても、お金の心配とかなく不自由なく生活ができるようにしてくれていた。

欲を言えば、毒母親を抑え込んでくれたら良かったけど、

追々分かったのが4人を養う収入を得るには、仕事とかで家にいる時間が少なかったから見えてないことが多かったみたい。

 

母親とは、仲悪いわけではなかったけど、性格とか考え方が違って、

何より、思い通りにならないと感情的になり手がつけられなくなる。

直接的に暴力は振るってこないけど、物に当たったり、

人を追い詰めるて思い通りにしようとする。

最近、巷で騒がれている保育現場で虐待と騒がれている内容の一部は母親から経験がある。

子ども時から、機嫌を損ねないように生活をしていた。

それでも姉兄は反抗していたけど、歳とともに拘束が緩く放っていたから、

窮屈だけど私は言われない範囲で生活をしていた。

ただ、外面が凄まじく良いから、一見優しく理解のある母と思われていたようだ。

自分の都合の都合の良い様に物事を捻じ曲げ、人格否定、外見否定、嘘は日常的だった。

人のせいにするのが嫌で、なんでも自分で決断したことと思っていたから、

自分のことは嫌いじゃないけど自尊心はことごとくない。

 

 

毒親で苦しんでいる人の中には、両親ともからって人も少なくないと思うから、

私はまだ恵まれた環境だったは自覚しています。

ただ、父が亡くなってから独裁国家になった家にはいられないと思い、

兄とも相談して結論を出した。

ずっと家から出たいと思いながらも思い留まっていたけど、

父がいなくなってからの金銭面と、彼氏のことで家を出ることにした。

結婚を視野に入れて付き合い始めたから、母親にも彼氏のことを話した。

彼とはお互いの年齢的なこともあるけど、

私的には家族のことも理解してくれたから、結婚も考えられると思って付き合い始めた。

母親も最初は肯定的だったけど、気に食わないことがあったみたいで突然反対し始めて、

会うこともままならなくなったり、別れろと言ってきたり。。。

家を出たのも、結婚を反対されたことが理由で、家を出てからは彼の家にいると母親は思っている。

 

彼氏のことを否定されるのも嫌だったけど、

最終的な決定打は、必死に働いてもお金は家のことで消えて貯金はできないし、

父が残してくれたものがあっても、お金がないって言ってきたり人のお金とか航空会社のマイルを使うようになったのがきっかけで家を出ることを決めた。

 

家から出ると決めてから、自分で賃貸契約をしてほぼ半月かけて荷物を持ち出した。

自分の荷物はほとんど持ち出したのに、家を出るまで気づかなかった母親。

結局は自分のことにしか興味がないから、家の中の変化にも気づかない。。。

 

最終的には家のポストに手紙と、その月の生活費を入れて家を出ました。

細かいことは今度書きますが、家を出る前に戸籍は分籍して独立させて、

警察に相談して住民票とかを母親が見れない様にしています。

 

 

約1年が経って、やっと気持ちが多少は落ち着いたけど、

今でも変な夢を見たり、うなされています。

長年苦しんだ傷がすぐに直ぐに癒えることはないけど、

毒親に苦しむ人が一人でも多く、落ち着いた日々を送れる日が来ますように。

 

良い週末を〜

4th memo

 

仕事も忙しくなり、年末寝込んだりしたこともあり、最近は少々お疲れモード。

こういう状況になると、身の回りのことを疎かにしてしまう。。。

現状をどうやって改善していくか。。。

母親とのこと、彼とのこと、仕事のこと。

それぞれで問題?ストレスがかかり、全てをリセットしたくなってしまった。

母親に関することも、彼に関することも、仕事のこととか。。。

 

 

たまに、父が夢に出てくる。

毎回内容はバラバラだけど、比較的に生きていたときの雰囲気そのもの。

先週はお父さんの3回忌でした。

半年くらい前の夢に出てきて、生きていた時の日常みたいな雰囲気で話たり。。。

でも最後にもう死んでいるんだよ。と言うようなことを夢の中のお父さんに言われて、すごく悲しい思いをして目が覚めた。

いまだにふとした時に、父がいないこれが現実なのか、夢なのか、と不思議な感情になってしまう。

頭では十分に理解しているし、幸いにも後悔みたいなのはないけど、

大好きで尊敬していたお父さんに会えないのは寂しいし、話をしたいと言う気持ちが強い。。

仕事のこととか色んな日常的なことを相談できない状態が、3年目にもなり、いっぱいいっぱいになってしまった。。

 

彼に、お父さんに会いたい。と漏らした。

"亡くなっても会いたい人が居るってのは、幸せな事だけどね😊"と返事がきて、

なんとも納得してしまって、寂しい気持ちが少し落ち着いた。

こう言うことを言うと、大抵は寂しい気持ちに共感した言葉が返ってくるから、

少し拍子抜けしてしまったけど、流石だと思った。

最近、色んな事があって、彼との事にも迷いが出てきたりするけど、

私が苦しい時に助けになる言葉をくれるから、別れると言う選択肢は自然となくなる。

年齢的に結婚に対して悩んだり迷ったりして、障害みたいなのがあったりするから別れることも考えなくはないけど、結局は彼は私に必要な人だって感じる。

 

お父さんの代わりではなく、彼自身も彼の作っている空間も私には安全地帯と感じられる。

そんなかけがえのない彼だけど、あまり頻繁には会えないから、いまだに人見知りをするのは、秘密です。

 

今日は最初の職場の先輩と会って、たくさん話を聞いてもらって、たくさん笑って。

つくづく私は周りの素敵な人に支えられていると感じました。

3rd memo

 

昨日は、父を納骨する日でした。

少し早めの3回忌も兼ねてを予定していただけど、まだお墓に入りたくなかったのかな?

 

今朝、おばあちゃんが亡くなりました。子どもじみているけどお空に行ったと思っている。

数ヶ月前から、おばあちゃんの体調が一気に悪くなって先月から入院していました。

常にいつなくなってもおかしくはないとは言われていました。

昨日、父の3回忌の法要を終わらせたとき、病院からおばあちゃんが危篤状態との連絡があり、納骨は延期に、母親と叔母は病院に向かいました。

コロナ禍にも関わらず、面会はいつでも許可されていたので、

母親と叔母は毎日会いに行っていました。

大変そうだったけど、母親だからかな?大変だけど苦ではなかったように感じていました。

私は、母親がそう言う状況になったときに、同じ事が出来るかと言われたら、

出来ないんじゃないかと思ってしまってます。。。時間が解決してくれるのか。。。

 

最小限で呼んでいた父方の親戚がいるから、私と兄はお寺に残ってお昼食べたり少し話したり。。

父は養子だから、父方の親戚は血の繋がりがない人もいるし、

関係は密接ではないけど、空気感みたいなのはなんとなく心地よく感じる。

そんなこともあり、どんな状況でも父方の親戚に会えるのは私は嬉しく思ってしまいます。

 

そんなこともあり、私と兄は一足遅れておばあちゃんがいる病院へ。

肺を患っているから、酸素マスクしているし、意識が混濁している状態でした。

先に出た母親と叔母と従姉妹はお昼を食べていなかったから、一旦お昼を食べにおばあちゃんの家に行って、その間は兄と2人でおばあちゃんの手を握って好き勝手話していました。

看護師さんが聞いたら、過激と言うか酷い孫だと思われるかもしれないような会話をしていました。

それでも、手を握ったり摩ったりして名前を呼び続けるよりは、

孫が騒がしく話している方がおばあちゃんは良いだろうと勝手に思うことにしました。

所々反応するし、視線がはっきりして何言っているかわからないけど、もう話せないけど一生懸命口を動かして何かを伝えようとしてくれていました。

1時間半くらいそんなことをしていたら母親たちが戻ってきたから私たちは一旦帰宅しました。

 

父とは違うけど、おばあちゃんも家が比較的に近かったから、子どもの頃は母が外出中に困ったら電話して、何度も飛んできてくれたおばあちゃん。

家族旅行も毎回のように一緒に来てくれました。

コロナになって前ほど会えなかったけど、

父の時と一緒で、寂しいけど後悔みたいな"たられば"は思い浮かばない。

きっとこの感情はとても幸せな事なんだろうと思います。

父が亡くなったときに、寂しいと悲しいは違うと感じた。

冷めているとか思われそうだけど、基本的に生き死には誰にも選べないから、

その人が亡くなった時点は、その人が精一杯生きたところ。

今までいつでも会えた人、私のことを支えてくれた人が亡くなるのは、

寂しいけど、その人への供養とかって考えていいのかわからないけど、今まで過ごした記憶とか感じたことを心に刻んで、私は私なりに精一杯生きていくのが一番だと思っています。

 

 

2021.08.27

前回から1年以上空いてしまいました。

今年はあと1回でも更新するを目標にゆるっと頑張ります。

今日も思うがままに、つらつらと書いていこうと思います。

 

在宅勤務にもだいぶ慣れて。。。慣れを通り越して、だらけている今日この頃。。

最近は、ついついサボってしまうのが悩みです。

転職をしたいので探しつつ、事務職で在宅メインをやらせてくれる職場もそんなには多くなさそうなので迷いどころ。

 

前回の更新からあった変化。

一番大きいのは、恋人が出来た。一応、お互いいい歳だし結婚も視野に入れているけど、まずは1年付き合ってお互いの生活リズムとかパターンとかも確認中。

遠距離って訳ではないけど、こう言うご時世なのであんまり会えないから、たまに付き合っていることを忘れる。

それでも、会えない分は連絡を密に1日1回は声を聞いているかな。

お父さんが亡くなってから、久しぶりにホッと出来るようになった。

 

でも、母親は反対だそうです。なんとなく別れろなことも言われた気がした。

今まで彼氏とか言ったことなかったけど、コロナの中会ったりするから一応言っていた。

まだ10回も会っていないし、大体は彼の家で映画orドラマを見て、昼寝して。。。

母親が気にするからお泊まりせずに帰宅する。

そんな感じだから母親に会わせるのはもう少ししたらって考えていたが、それが気に食わなかったらしい。。

結婚したとしても家族ぐるみの付き合いはしないとか、彼を家に入れないとか。。etc...と言われた。

ショックと言うより、関わらなくて良いとかでホッとしたのが本音。

この事は彼にも伝えた。

独親系だから予想はしていたけど、とりあえずは賛成しておいて。。。と言う結構いつものパターン。理由はわかるようなわからないような。

私が小さい頃から、ストレスとか機嫌が悪くなると八つ当たりのような形で、私が決断したこととかに文句をつけてくる。

だから、今回のこともだけど、私自身理由が分かりきっていない。。

 

前までは、親に反対されたら、そんな中で付き合い続けるのは精神的負担も大きいし、面倒だから別れようと思っていた。

今の彼だからかわからないけど、別れようと言う気持ちが浮かんでこない。

まずは、1年間付き合って結婚出来るから考える時間。

彼の家は安全地帯と感じられる場所で、彼の声は安定剤的な役割を果たしている。

何を話す訳ではなくても、彼の独り言でも良いから声を聞いていると心地よくなる。

後は、お互いがお互いの生活の中にいても邪魔にならない感じがしている。

居心地が良いと言うより、楽なのと私にとっては必要な存在と感じるから、多分、これが空気って言うことなのかな。

 

もともと、30歳過ぎても結婚しなかったら、一人暮らしすると宣言していた。

31歳中でと思った矢先に体調崩して休職したりで、思いとどまって復職したから計画していたけど、お父さんの事があったからとりあえず家に留まっている。

来年の1月が3回忌だから、それが過ぎたら実行しようと思う。

だいぶ前から、家族ぐるみでお世話になっている方には、

自分の人生を送るためには一人暮らしを勧められている。

自分が招いた色んな理由もあって出られなかったけど、この辺で家を出ることを頑張った方が自分のためかなと考えている。

 

 

愚痴みたいになっちゃったけど、最近の変化part1